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鹿児島地方裁判所 昭和51年(わ)334号 判決

主文

被告人Aを懲役四年六月に、同B及び同Cを各懲役二年に、同Dを懲役一年六月にそれぞれ処する。被告人A、同B、同C及び同Dに対し、未決勾留日数中各三〇日をそれぞれその刑に算入する。

押収してある万能包丁一丁(昭和五二年押第九号の符合2)を被告人Aから没収する。

訴訟費用は被告人ら四名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

第一被告人A、、同B及び同Cの三名は、友人のDが交通事故で入院中、同人を訪ねてきた甲(当時二五年)が病院内で粗暴な振舞をしたため強制退院させられたものとして甲に対し不快の念を抱いていたものであるが、被告人ら三名と知合いの関係にあるEも甲が自分の名前を使つて鹿児島市内の飲食店でつけで飲酒したとして、これにつき注意したところ、却つて同人より反撥されたことに立腹していたものであるところ、昭和五一年七月一一日午前二時三〇分ごろ、鹿児島市樋之口町八番二三号田之頭アパート一号室D方居室において、甲に対し日頃の同人の言動を注意したところ、却つて同人より反撥されて口論となりここに被告人A、同B及び同Cの三名は、Eと共に甲に対し、共同してその身体に暴行を加え、同人を痛めつけてやろうと共謀し、交々手拳で甲の顔面を殴打したり、身体を足蹴りする等の暴行を加え、その間にAは甲から頭部を殴打されたことに激昂のあまり突嗟に甲を殺害しようと決意し、同居室台所より万能包丁一丁(昭和五二年押第九号の符号2)を持ち出し、同室内ベツト上に俯せに組み伏せられていた同人の背部を同包丁で二回に亘つて突き刺したが、被告人B、同Cらに制止されたため、甲に対し、左肺刺創、左横隔膜刺創及び肝刺創の傷害を負わせたことにとどまり殺害の目的を遂げなかつたが、被告人B及び同Cにおいては傷害の犯意を有するに止つていた。

第二被告人A、同B、同C及び同Dの四名は、被告人A、同B及び同Cが甲に対し前記の傷害を負わせるや、前記犯行が発覚することを恐れ、同人を右D方居室に監禁して自己らでその傷を縫合しようと企て、

一共謀のうえ、甲が「病院に連れて行つてくれ」「帰してくれ」と繰り返し哀願するのを無視し続けて同日午前二時三〇分ごろから同日午前九時ごろまでの間、約六時間半にわたり、同人を右居室に閉じ込めて同人が同所から脱出することを不能ならしめて監禁し

二  E及びFと共謀のうえ、右同日午前三時ごろから同日午前四時ごろまでの間、前同所において、被告人ら四名において甲の手足等を押えつけ、FがEの用意した裁縫補修針及び釣用テグスを使用して甲の背部の傷を縫合し、よつて同人に対し、背部表皮損傷の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目) 〈省略〉

(法令の適用)

判示第一の事実は、被告人A、同B、同C及びEが、甲に対する傷害の故意をもつて共謀のうえ、判示のD方居室において、交々手拳で甲の顔面身体等を殴打足蹴する等の暴行行為に出で、その際、被告人Aは突嗟に殺意をもつて、D方台所より万能包丁を持ち出して、同包丁で甲の背部を二回突き刺したが同人を殺害するまでには至らず、被告人A、同B、同C及びEの右一連の暴行により判示の傷害を負わせたものであつて、被告人B、同C及びEは右犯行当時傷害の故意をもつていたにすぎず、被告人Aの殺人未遂行為は、その余の右三名の予期しないところであつた。

ところで、このように共犯者中のある者が軽い傷害の事実を認識して、他の共犯者と共同実行の意思連絡をしたのに、共犯者の一人が重い殺人未遂の結果を発生させた場合、共同正犯は何罪について成立し、各共犯者は何罪で処断されるのかが問題となり、刑法三八条二項の解釈及び共犯理論と関連して種々議論のわかれるところである。検察官は、判示第一の公訴事実につき、罪名を殺人未遂とし、罰条として被告人Aについては、刑法二〇三条、一九九条、六〇条を挙示し、被告人B、同Cについては、刑法二〇三条、一九九条、六〇条、三八条二項、二〇四条を挙示し、従来の裁判例においてもこれにつき、一般に、重い殺人未遂の共同正犯が成立するとして、刑法二〇三条、一九九条、六〇条を適用したうえ、ただ共犯者中重い殺人の故意を有しなかつた者については、同法三八条二項により軽い同法二〇四条の傷害罪の刑に従つて処断するとする事例が多かつた。しかしながら、刑法三八条二項は、「罪本重カル可クシテ犯ストキ知ラサル者ハ其重キニ従テ処断スルコトヲ得ス」と規定しているが、この規定の解釈として、行為者が軽い罪を犯す意思で重い罪の結果を発生させた場合には、重い罪が成立して刑だけが軽い罪で処断されるというのではなく、そもそも重い罪の成立を認めることができないことを意味するものと解される。けだし、故意とは、犯罪一般の認識・認容ではなく、個々の犯罪ごとに具体化され、個別化されたものでなければならず、構成要件的故意は、本来行為者が認識した構成要件の枠内でのみ認められ、行為者の認識していた構成要件的故意の枠を越えた故意犯の成立は認められないのが原則であり、例外として同質で重なり合う構成要件間の錯誤においては、その重なり合う限度で軽い罪の構成要件的故意を認めることができるにすぎないからである。このことは共同正犯においても同じである。共同正犯は二人以上の行為者が特定の犯罪に関して故意を共同にして、これを実行することが必要であり、共同行為者の認識している構成要件的故意が共同行為者相互の間においてくいちがつている場合に、それが異なつた構成要件間のくいちがいであるときには、原則として共同正犯の成立は否定され、ただ例外的にそれが同質で重なり合う構成要件間のものであるときには、その重なり合う限度で故意犯の共同正犯の成立を認めることができ、その過剰部分についてはその認識を有していた者のみの単独の故意犯が成立することになると解せられる。そして、右は、事前の共犯者間の共同実行の意思連絡の時点から共犯者相互間に右のような錯誤があつた場合たると、右時点においては軽い罪の故意の共謀があつたが、実行段階で共犯者の一部が重い罪の故意をもつて実行行為に及んだ場合たるとを問わないものと考える。

しこうして、傷害と殺人との間には、その行為の態様、被害法益において構成要件的に重なり合うものがあり、罪質的にも同質性を認め得るし、殺人の意思の中には、暴行・傷害の意思も包含されているものと解されるから、本件において、被告人A、同B、同C及びE間においては、傷害の範囲で共同正犯の成立を認容し得るにすぎない。そして、被告人Aは自ら殺人の実行行為に着手しているから殺人未遂で問擬されることはもちろんであり、他方、被告人B、同Cは、主として被告人の行為に基づいて発生した本件傷害の結果について、傷害の限度において共犯者としての罪責を免れることはできないと解せられる。

よつて、被告人ら四名の本件各所為を法律に照らすと、(1)被告人Aの判示第一の所為は刑法二〇三条、一九九条、六〇条(但し傷害の範囲で)に、判示第二の一の所為は同法二二〇条一項、六〇条に、判示第二の二の所為は同法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号、刑法六〇条に各該当するので、判示第一の罪については所定刑中有期懲役刑を、また判示第二の二の罪については所定刑中懲役刑を各選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人Aを懲役四年六月に処し、(2)被告人B及び同Cの判示第一及び第二の二の各所為はいずれも刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号、刑法六〇条(判示第一の罪については被告人A及びEと傷害罪の範囲で共同正犯となる)に、判示第二の一の各所為はいずれも同法二二〇条一項、六〇条に各該当するので、判示第一及び第二の二の各罪については所定刑中いずれも各懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重いと認める判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で(但し、短期は判示第二の一の罪の刑のそれに従う)被告人B及び同Cを各懲役二年に処し、(3)被告人Dの判示第二の一の所為は同法二二〇条一項、六〇条に、判示第二の二の所為は同法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号、刑法六〇条に各該当するので、判示第二の二の罪につき所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により重い判示第二の二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で(但し、短期は判示第二の一の罪の刑のそれに従う)被告人Dを懲役一年六月に処し、(4)被告人A、同B、同C及び同Dの未決勾留日数の算入につき、同法二一条を適用して未決日数中各三〇日をそれぞれその刑に算入し、(5)被告人A関係で押収してある万能包丁一丁(昭和五二年押第九号の符合2)は、被告人Aにおいて判示第一の罪の用に供した物で犯人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項を適用してこれを被告人Aから没収し、(6)被告人ら四名に関する訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により全部これを被告人ら四名に連帯して負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(朝岡智幸 小田八重子 入江健)

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